金津創作の森では、「森はあらゆる芸術の源である」という故・針生一郎初代館長の基本理念のもと、自然と人間の共生をアートで表現する作家を、アートドキュメントシリーズとして紹介してきました。30回目となる今回は、福井県(南越前町出身)の写真家・土田ヒロミを招聘し、故郷においての集大成となる展覧会を開催します。現代日本の構造を鋭く捉えた「ウロボロスのゆくえ」をはじめ、「ヒロシマ」、「ベルリン」、「エルサレム」のシリーズを中心に構成します。さらに、老いの変化を可視化した「Aging」や双子をテーマにしたシリーズを加え、作品を通して社会性と土田の身体(生)が交差し共鳴する、貴重な展観を創出します。また、双子の兄である七宝焼作家の土田善太郎の作品も紹介し、双子それぞれの異なる表現を通した芸術的対話もご覧いただけます。
1939年福井県生まれ。福井大学工学部卒業後、ポーラ化粧品本舗に入社。会社員の傍ら、東京総合写真専門学校で学び写真家としての活動を開始。1971年退社後写真家の道を選び、日本人の民族性を追及した『俗神』(1976年)を発表。「日本人としての自分自身の座標を確かめておきたかった」(『俗神』より)というこのシリーズは、福井で育ち、次第に都会へと根付いていく自己の確認、都市化が進むなかで失われていくアイデンティティの再確認がなされており、1970年代にニューヨーク近代美術館のコレクションに入るなど早くから国内外で評価を得る。〈砂を数える〉(1975-1990)で、日本人の「群衆の人」的文化に焦点をあて、過密化した都市のなかへ順応していく民衆の姿を写し出した。その後発表した主なシリーズに、日本経済のバブルの享楽的なパーティを取材した〈パーティ〉(1978-90)、日本の基幹産業の生産現場を記録した〈産業考古学〉(1991−2004)。生産の対の風景として国道沿いの消費の風景を記録した〈Fake Scape〉(1995-2000)、デジタルカラーでバブル崩壊後の群衆にカメラを向けた〈新・砂を数える〉(1996-2002年)、日本の祭りを記号的に捉えた〈続・俗神(まつり)〉(1989-2007)など、対象によって全く異なるアプローチを貫いているのは「ニッポンの考察」という主軸である。
また、伊奈信男賞を受賞したシリーズ〈ヒロシマ〉は、『原爆の子』(長田新編、岩波書店)に作文を寄せた被爆体験者の 33 年後のポートレイト〈ヒロシマ1945-1979〉(1979年)、爆心地の被爆の痕跡を残す風景の定点撮影〈ヒロシマ・モニュメント〉(1979-)、広島平和記念資料館におさめられている遺品などを撮影した〈ヒロシマ・コレクション〉(1981-)の三部作構成であり、1945年の過去に遡るのではなく「現在」としてヒロシマを捉えるコンセプトが高い評価を受けている。
「ヒロシマ三部作」同様に長期継続するドキュメントとして、2011年の東日本大震災に伴う原発事故による被曝状況の継続記録〈フクシマ2011-2017〉は、十年毎に風景を定点撮影を継続する〈ヒロシマ・モニュメント〉と同質思考の作業。広島を相対化するため1999年から2019年までベルリン、2005年からエルサレムの取材を開始。これら海外への視点の拡張は、二十世紀の悲劇を象徴する三都市、核による破壊された広島、冷戦構造の下で国家が二分に破壊されたベルリン、そして、現在21世紀に至るまで宗教、文化の衝突が破壊を生んでいるエルサレム、この悲劇の三都市ヒロシマ、ベルリン、エルサレムを繋ぐことで現代を捉えようとする構想で進行中。また、私的な記録として顔のセルフポートレイトを1986年から現在まで毎日一枚撮影の継続作業〈Aging〉で、「時間」と「Memonto mori」という壮大なテーマに挑戦している。
私は写真家として、カメラの持つ記録性を最大限に生かした「記録」に徹し、記録の積み重ねが記録そのものを超え、現実に迫る表現となることを目指してきました。
人の「記憶」は、思考や経験、時間の経過によって変化し、時に恣意的に改変されることがあります。一方「記録」もまた、デジタル技術やフェイク、AIの台頭によって、その信頼性が問い直されています。そのような時代だからこそ、「揺るぎない写真の記録性」を方法論として、現在における歴史の大状況を考えていきたいと思います。
半世紀以上にわたり世界を見つめ続けてきた写真家・土田ヒロミ氏が、少年時代を過ごした福井での原風景から、ヒロシマ、ベルリン、エルサレムでの体験、そして自らを撮り続ける《Aging》まで、作品にまつわるエピソードや撮影の舞台裏を語ります。AIが瞬時に画像を生み出し、フェイクと現実の境界が揺らぐ時代だからこそ、世界を見つめてきた写真家のまなざしに触れながら、人間にとって本当に大切な「見る力」について学びます。
1939年福井県生まれ。1964年福井大学工学部卒業。大阪の貿易商社勤務時代に七宝焼と出会い、1966年より独学で制作を始める。1967年、兵庫県西宮市で七宝工房「アンクルゼット」を主宰。国際七宝展への出展・入賞を経て、大阪・京都を中心に個展や百貨店での展示販売を行う。2021年には作家生活55年記念個展を開催し、現在も制作を続けている。